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お釈迦様の智慧とは大変深い

 不思議なことに思われるかもしれませんが、お釈迦様の智慧について知ることができれば嫌なことが起こりにくくなります。
このお釈迦様の智慧とは大変深いことを言っているのです。思い当たるところがある人もいるかもしれません。特にこれは般若心経の中に多く出ています。
これは一回文字だけを見ただけでは暗号文のようで分かりにくい文章ですが、非常にありがたいことが書いてあります。

 まずはその前の文である開経文かいきょうもんです。
これはお経をこれから会得しようとする際にこれから読むお経は非常にありがたいものであるということを認識させる効果があります。
その中でももっとも重要なことは「われ今見聞し」の部分です。
この中の「見聞」とは見たり聞いたりすることで、ここから「私達は般若心経という素晴らしい教えから智慧を頂く」という意味が導けます。
そこで、まずこの智慧をいただければよいのです。
また、心の中は常に明るくしておく必要がありますが、そのためにはやはり智慧の会得は不可欠です。そして、まわりの状況があまりいいとはいえない時は「智慧」で武装しておく必要があります。
こうしておけばまわりの状況がどうであるかにかかわらず心の中を明るく保つことが出来ます。
そのためには智慧を見聞するということが必要であり、「われ今見聞し」とはこれから智慧を会得するということを表しています。

 次に、開経文の前半の「百千万劫」について触れます。
「劫」という単位はエベレスト級の山に天女が100年に一回下りてきて、衣でその頂上をこすったあと100年後にまた同じ事をするために降りてくるという伝承がありますが、それによって山が完全に擦り切れても1劫にも満たないというほどの非常に大きな単位です。
その後の「遭い遇うこと難し」とあわせて、めったな事ではこの教えを知ることはできないという意味になります。
しかし、私達は、はそのような教えを知ることが現実に出来ているため、お釈迦さまの智慧を会得することが出来、非常にめぐまれているといえます。
そこで、この文章をふまえて、私達は般若心経をとなえることになります。

 般若心経は274文字あります。
その中でもいくつかの章に分かれます。

に分かれます。
お釈迦さまの教えは非常に膨大なものですが、それをこれだけの内容にまとめてしまったものであるといえます。
ただし、これをただ読んだだけでは見聞し帰依を得ることは出来ません。
まずはこの意味をよく理解しておく必要があります。

 最初の第一章から見ていくことにしましょう。
この章はあたかも最初に結論が出てきてその後その結論に達するよう紐解いていく推理小説と同じ形式を取っています。
私達はそのような方法を取りつつ、宇宙の真理と私達がかかわるための方法を展開しています。まずは第一章から解説します。
人間が悟りの世界に到達するには4つの戦略をとります。
具体的には因、行、証、入の4つのステップを踏んで悟りに到達します。
「因」とは原因、「行」とは実践、「証」とは証明された、「入」で涅槃に行くという意味で、実は簡単に悟りに到達できることになりますが、それではあまりにも簡単に悟ることが出来てしまうために、あえて暗号文にしました。

悟りの世界に到達するための心構え

 まずは「因」についてです。
無料占いをお願いする皆様はご存知かもしれませんが、どの様な心構えでしなければならないかということですが、般若心経の冒頭部分に「観自在菩薩」というフレーズが来ています。
これは悟りに入るという目的のためにはもっとも重要な要素です。
まず、観音様は自由自在に相手の苦しみを救済することをねがっている菩薩です。
その観音様はある実践(行)をしました。

 その実践のしかたは「行深般若波羅蜜多」に現れます。
この中の「行」とは実践することで「深」とあわせて「深く実践する」という意味になります。
そして、次の「般若波羅蜜多」は有名な暗号であり、宇宙との交信を意味します。
これで「般若波羅蜜多を深く実践した時」という意味になります。

 次の「照見五蘊皆空」の「照見」は「わかった」という意味です。
その次の「五蘊」は5つの固まりであり、これも宇宙全体を意味します。
そして、その次の「皆空」とあわせてこれらはみんな「空」であるということはつまり「この世のものは全て「空」である」ということを指しており、これが非常に重要なキーワードになります。
その直後の「度一切苦厄」について、最初の「度」の左に部首のさんずいをつけると「渡」という字になりますが、実はさんずいをつけなくても同じ「わたる」という意味になりえます。また、「渡」の後の「一切苦厄」は「それぞれの悩み」を意味します。
それらをあわせることで「苦しみをわたる」という意味から転じて「一切の苦しみから解放する」という意味になります。

 これらの事を観音様は理解しています。
しかし、観音様には理解できても自分にはそれができていないという意見もあるでしょう。
ところが実際はここでの観自在菩薩とはお経を唱える人自身のことでもあります。
お経には「観自在菩薩が」と書いてあるだけであって「私が」とは書いていないのでわかりにくいだけです。
そこから「私が般若波羅蜜多を実践して悟りに達し、この世のものが全て「空」であるということがわかり、一切の社会的な問題から解放される」という意味が導けます。

 この中の「一切苦厄」はいくつかの種類に分類されます。
その中でも一番怖いのは知らないことを意味する「無知」です。
まず、何も知らなければ現実の苦しみがどのような形で成り立っているか理解することも分析することも出来ません。
その現実の苦しみは主に8つに分けられます。
まずは非常に厄介な「老」の苦しみです。
ほかにももっとあるとか、私もそれで悩んでいて無料占いをお願い使用と決断した皆様もおられるかもしれません。

 ただ年を取っているだけでは「老」の苦しみというのではなく、物事が衰退したり自分のさかんなものがおとろえていくことは非常に怖く、それが直接肉体につながっていくため、この苦しみは非常に大きいものであるといえます。
そして二番目の「病」の苦しみに派生していきます。
これは主に老人に多く見られる苦しみで、病気は治らないで死ぬことが最も怖いため、やはりこちらの苦しみも大きいものになります。
もっとも、最近は若い人でも様々な難病に苦しまれることが多くなり、必ずしも老人だけの苦しみとは限らなくなっています。
そして、病気になると死ぬことがあるため、必然的に「死」の苦しみが発生することになります。このように、生きることには苦しみが多く伴うためこんな苦しみばかり経験しなければいけないこの様な世の中になぜ生まれてきたのかという「生」の苦しみが出てきます。これらの「老」、「病」、「死」、「生」の4つの苦しみは人間の基本的な苦しみであるといえます。
すでに興味を持ちお分かりの方や勉強されている方もいるかもしれません。

 しかしこのほかにもさらに4つ苦しみがあります。
まずは「怨憎会苦おんぞうえく」という憎い人にあう苦しみがあります。
憎い人が遠くにいればいいですが、実際は近くにいることが多いのでイヤな気分にさせられることが多々あります。
また、「愛別離苦あいべつりく」という愛する人と分かれなければならない苦しみがあります。
例えば、自分の子供を亡くすということは耐えられないことでしょう。
この二つにより憎い人にはあわなければならない反面、愛する人とは離れなければならないというのは非常に大きな苦痛を伴うであろう事は想像に難くないでしょう。

 次に3つ目の「求不得苦ぐふとくく」とは自分が欲しいと思っているものを手に入れようと思っても手に入らないことに対する苦しみのことです。
人間は欲深く、一つのものが欲しいと思って仮にそれが手に入ったとしてもまた別のものが欲しいと思い、それが手に入らないと苦しむことになります。
そして、最後の「五蘊盛苦ごうんじょうく」という本能が制御できないことに対する苦しみがあります。
自分の中ではやっては駄目だと分かっていてもやってしまい、苦しい立場に追い込まれてしまうことがあります。
言い換えると一つの欲求が満たされてもまた別の欲求が生じ、結局心の中が満たされることが無く、無限の苦しみのループの中に追い込まれていくという苦しみを味わうことになります。

 これらの8つの苦しみをまとめて「四苦八苦」と呼びます。
人間の苦しみは大きく分けるとほぼこれらのうちのどれかに分類されます。
そして、これらの苦しみの中心に私という人間がいます。
つまり、私とは常にこれらの苦しみに囲まれ、そして苦しむ運命にあるということは般若心経を理解する際の前提として覚えておくべきでしょう。
私達日本人は最近では必ずしもそうではないものの、それでも多くの人は餓死するということはありません。
つまり、食べ物という観点で見れば求不得苦からは解放されています。
しかし、そこから解放されたとしても「老」や「死」の苦しみから解放されることは決して無いので、結局私達は苦しみから完全に逃れることはまず出来ません。
これは、お釈迦さまの時代から変わっていません。
つまり、こうのような悩み事は、お釈迦様の昔から変わらずあったのです。

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