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お経はありがたい

一般的に仏教では般若心経というお経を唱えると仮に意味が分からなくとも気持ちが楽になります。
そして、幸せになれるといわれています。
その意味(具体的にはお釈迦様の智慧)が分かればなおもっと幸せになれるでしょう。
また、浄土真宗という宗派では「南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)」と唱えるだけで救われると言われています。

既にお気づきの方もいるかもしれませんが、このお釈迦さまの智慧はかなりありがたいことを言っています。まず、この「智慧」とは、宇宙の真理と一心同体になることを意味しています。
私たちは一般的に宇宙の真理に反することをしているため幸せになれないことが多いのですが、もし宇宙の真理と一心同体になることが出来れば幸せになることが出来ます。
もっとも、「宇宙の真理」と言うものを説明しようとすると分かりにくいですが、お釈迦様はそれをった「縁」と言う一言で表してしまいました。
お釈迦様は「縁」とはこの世の全てのものはかかわり合いでできていると言う観念であることを説いており、この世はその「縁」でできていると言うことを発見しました。

お釈迦様がその「縁」を発見した時は、彼がインドのブッダガヤという場所で35歳の時に悟りを開いたときのことです。
それから2500年もの歳月を経ても未だにこの教えは受け継がれています。
人生を豊かに活用する為には「縁」を有効活用し、その上で縁とは「くう」であるということに行き着けばより大きな収穫が生まれます。
「空」というものの意味するところは「この世の全てには実体は無い」ということです。
そして、実体が無いからこそこの世の全てのものはかかわり合いによって存在するしかないといえます。
たとえば相手が空たる存在である以上自分に対する相手の態度は自分の相手へのかかわり方によって変化します。
この様な考え方を取れば全てがうまくいくように出来ています。

しかし多くの人間はそのような考えは実体的なよりどころが無いと言う意味できらう傾向にあります。
そして、「空」とは完全に正反対の考え方である「」という考えをとるようになります。
この「有」とは、人間が考えたとおりにこの世は成り立つと言うことを意味します。

 これは、一見すると「空」と同じようにも見えます。
しかし、「空」と決定的に違う点は、「空」が実体がないのに対し「有」には実体があるということです。
つまり、これらのうちのどちらの立場に立つかによってこの世の中に対する見方は全く違うものになってしまいます。
また、これについて厄介なのはこの背後に「我」と言う自分のことしか考えず、この世は自分のためだけにまわっているという考えがついているということです。
そして、この「我」がもっともきらうものは「縁」です。

「我」とは、私達をもっとも不幸にする決定的な要素ですが、それは私たちの心そのものです。
心についてお釈迦様はさらに三つの要素で構成されていると言うことを発見しました。
まず一つ目は「とん」であり、人間が様々なものをその人の必要以上に求めようとする心である「むさぼりの欲望」です。
次は「じん」という自分の欲望を怒り(暴力やヒステリーなど)によって解決しようとする「怒りの欲望」で、三つ目は「」といい、楽してもうけたり、なまけようと言う欲望のことです。

これらをまとめて「我欲」と言い、自分にとって都合のいいことばかり考えています。
これらはすべて産まれたときからずっと心の中に宿っています。
もっと言えば、宇宙が出来た時からずっと宿っていると言えます。
このような事実に対し、物質しかなく人間がいないときにこの様なことが起こるはずが無いと言う意見もあるでしょうが、実際は物質と言うものは精神(その原点は貪瞋癡)が作っているのでこの様なことは当然のように起こりえるのです。

人と接する時には良い心で関わる

このように、現実世界のものはすべて実体がありません。
このことを理解していれば冷静なときはそのような視点に立って判断することも不可能ではありません。
しかし、利害関係が強くなったときはその「空」がほとんど分からなくなってしまいます。

 たとえばある困難が生じたとき「これは実体が無いから大丈夫だ」と開き直ることが出来ればあまり気にしなくて済みます。
その結果として同じような困難が起こりにくくなるか、あるいは仮に起こったとしてもまた冷静に対処できますが、これをずっと気にしているようだと何時まで立っても気が晴れないばかりか、また同じような困難が起こりやすく、かつうまく対処できないと言う事態になりやすくなります。
最悪の場合だとそれが原因で追い詰められて精神的に不安定になって死んでしまうということにもなりかねません。
実際に、人間の多くは精神的な悩みを抱えているが、その解決方法を知らないため必要以上に悩んでいると言うことになっています。

そのような事態に陥らずにどうやって幸せになれるかについて私達には、そのためのシステムが用意されています。
まずは「空」と「有」について理解することが幸せになれるかなれないかの最大の分岐点になります。
この世のものにはすべて実体が無く「空」であるのに対し、ここにある物体がありその物体が何であるか物理的、視覚的に認識してしまうことが「有」です。
例えば紙コップにペンを挿してしまうという形で関わり方を変えるとペン立てになりますが、現実にその対象として認識したものが常にそれであるとは限りません。
これこそが「空」であり、逆にそれを紙コップとして認識したら一切例外を認めないことは「有」です。
このことは私達が関わっているものたとえば人、物、金、情報などは全て「空」たるものに変わる可能性があると同時に「有」になってしまう可能性も秘めていることを意味します。

人間はインプットしたものはアウトプットするように出来ています。
悪い原因でこの世と関わった場合と良い原因でこの世とかかわった場合とでは、楽しい現実と苦しい現実というように結果はまったく変わってしまいます。
そのいずれであるかを判断するにはその前提たるかかわり方を見れば分かります。
たとえば、悪い心でこの世とかかわるとそれは全て悪い結果になって返ってきます。
そして、自分にとって都合のいい心で相手と接してしまうと相手もそれと同じかかわり方をしてしまい、結果としてその場においてはまわりが敵ばかりということになってしまいます。

 なぜなら、世の中の多くの人は自分にとって都合のいいことばかり考えるからです。
そのような相手に対して我欲で関わるとそれがこちらに対してはねかえってくるのは当然です。
だから、人と接する時には良い心でかかわっていかないといけません。実感するところがあるかもしれません。

そのような結果にするためのヒントは、般若心経の中に隠れています。
この中の「無苦集滅道(むくじゅうめつどう)」というフレーズは人間が幸せになるためのいわば最強のシステムといえるものです。
これが意味することは、苦しい心で関わっているから苦しくなると言うことで、それを防ぐ為には善の心を育てることが重要になってくるということです。
その善の心として有名なものとして八正道(はっしょうどう)が挙げられます。

 それを習慣として継続することが出来れば本当の意味で幸せになれます。
例えば一日一回般若心経を唱えるだけでも全く違うものになります。
悪い原因で関わるから苦しくなるので、豊かな心で関わればいいということになります。

 そして、苦しいものの集合体(苦集)から解放された世界(滅)にするための実践活動(道)を意味するものが「苦集滅道」です。
これを深く理解することが非常に重要になってきます。
ただし、開経文(かいきょうもん)にあるとおり、この心理を会得できる人は非常に少ないのです。
これを知ることが出来た人は非常に幸運であり、必ず幸せになるための第一歩を踏み出すことが出来るでしょう。ぜひ実感してほしいと願っています。

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