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苦集滅道 滅

「滅」とはなにか

「滅の智恵」について述べます。
仏教とは、決して堅苦しいものではありません。
仏教とは、今を生きるための道具なのです。
人間は生まれた以上、幸せになる権利がありますが、そのための手段としては仏教は大変よいものです。

よく、仏教のことを大乗仏教だとか、小乗仏教などと言います。
「乗」とは、乗り物のことを表しています。
乗り物とは目的地に行くまでの手段であるため、お釈迦様は仏教を手段であると定義づけ、それを道具として使って人々に幸せになって欲しいと思っていました。
つまり、仏教とは最初から人々を救う為の手段であったため、私達がそれを道具として使うのはむしろ自然なことであると言えます(もちろん、仏教は必ずしも強制力はありませんから、信じる信じないは自由であるため要らなくなったら捨ててもかまいません)。
ただ、これから世の中は乱れてきますので、仏教に限らず何らかの信仰は持っておいておいた方がよいでしょう。

人はいいことがあると有頂天になります。
反面、困った時は萎えてしまい、何かにすがりたいと言う傾向にあります。
また、人間は誰でも心の中に仏教において最も克服すべきとされる根本的な3つの煩悩(三毒)を持っています。
この煩悩は、人に対して非常に悪い影響を及ぼし、そのために苦しみもしくは悪の根源であると言われています。

まずは、貪りの煩悩があります。
欲しいものがあったら必ず欲しいと思ったり、人がいいものを持っていたらそれも欲しいという満足を知らない欲望があり、これを「とん)」といいます。
次に、怒り(特に自分に逆らう者に対して)の心を意味する「じん」があり(「おろか」とも表現する)、もう一つは「」という、真理に対する無知で、これと人間にとって必要な休むと言う行為がずるがしこい煩悩とつながると発生するもので、この三つをあわせて貪瞋癡とんじんちとなります。
私達の心の中は貪瞋癡そのもので満たされてるため、仮にそれをやめようと心の中では思っていても、また忘れた頃に復活してきてしまいます。
つまり、決して貪瞋癡はなくなることはありません。

それだけでなく、人間は恐ろしいものにさいなまれていて、これは逃れられないものです。
それは、年を取る苦しみ、重い病気になる苦しみ、死ぬという苦しみ、そして生きていることそのものに対する苦しみです。
これらはとても厄介なものですがいずれ必ず訪れるものであるということは知っておくべきでしょう。
根本的な苦しみをまとめて、「四苦」といいます。

  1. 憎い人と会う苦しみ(怨憎会苦)
  2. 愛する人と別れる苦しみ(愛別離苦)
  3. 欲しいと思っているものを得ることが出来ないという苦しみ(求不得苦)
  4. 自分と言う人間の本能が盛んで制御できないということの苦しみ(五蘊盛苦)

こういったものもあります。
こちらも、逃れることは出来ません。

例えば、怨憎会苦については、憎い人がいなくなったとしても、また別の憎い人は必ず現れたりします。
また、昔は憎くなくなったが今は憎いということもありえます。
愛別離苦については、だれでも親や子供といずれ別れなければなりません。
そのため、やはり逃れることは出来ません。
そして、求不得苦についてはあるものが得られてもまた別のものが欲しくなったりします。
また、一部は得られても全部を得る事が出来ずにやきもきすることは多いと思います。

また、前述の四苦と、これら4つの私達を取り巻く苦しみをあわせて「四苦八苦」といいます。
これらの真の原因はすべて心で、その中心は貪瞋癡とんじんちです。
つまり、貪瞋癡が原因であり、四苦八苦が結果であると言うことです。
そのため、全くと言っていいほど苦労が無く、幸せであると言う人はまずいないといってよいでしょう。
ちなみに、このことはお釈迦様が発見されたことだと言われています。

このことは、人間は一切が苦であるということを意味します。
たとえば、人間は若くなることは無く、必ず年を取ります。
これほど厄介な世の中だと思ったときにはもう生まれていますが、まずは生きている限りそういったことからは逃げることができないと言うことを私達は理解するべきです。そして、それを理解できた人から幸せになれる権利を得ることができ、そこから私達は新たな段階に出発できます。

一切の苦しみから逃げることはできないと言うことを主張していたお釈迦様のことを「悲観論者である」と言う人もいるかもしれませんが、それは必ずしも正しくはありません。
なぜなら、それを理解することが幸せになるための切り札になるからです。人々を幸せにしたいと考えていたお釈迦様が苦についてそのような主張をしたのは人々を幸せにするためであるからです。

それでも、「自分はこんなに苦しい思いをしているから、普通ではないのだろうか」と思う人もいるかもしれません。
これらの苦しみは程度の差はあっても、誰にでもあるものなので、むしろ正常であると言うことが出来るでしょう。逆に言えば、それが無い人はどこかがおかしいと言うことになります。
そして、それを知ることもまた幸せになるための第一歩であるといえるでしょう。

苦しみから解放されるためには

それでも、それを具体的にどうやって解決していけばよいか悩む人も多いでしょう。
まず、最も大切なことは、現実の苦しみは自分の心が生んでいるという事です。
決して他人が生んでいると言うことではないということです。

これを理解することで苦しみから解放されるための道筋が出来ます。
そして、そうすることで、苦しみを滅した世界である「滅の世界」が開かれます。苦しみを滅することを「滅」といいます)
ただし、この世界とは例えば「しあわせの国」があって、その中に人が入っていって幸せになれるということでは決してなく、悟りとは四苦八苦から開放された世界のことであるとお釈迦様は代表的な経典の中で述べています。

誤解している人も多いとは思いますが、幸せとはある目標があってそれがかなうことによって成り立つと言うことではありません。
もちろん、四苦八苦から解放された世界とはこの世界の事を指しています。

また、お釈迦様は、私の心と苦しみの架け橋として「縁」という、この世の全ては係わり合いで存在していると言う法則を発見しました。
これがわかれば、この世界は自分の心が作っていると言うことと、この世は総じて流動的であり、決して固定的なものでないということがわかります。

だからこそ、苦しみは人によっては全く違ったものになります。
例えば、病気にしても様々な命に関わる病気がありますし、老に関する苦しみにしても、認知症になることに対する苦しみを感じる人もいれば、寝たきりになることに対する危機感を持っている人もいて、それぞれの苦しみは千差万別です。
このように固定的でないとしても、その原因の根本となるものは同じなので、人によって解決手段は大きく異なるわけではありません。

ちなみに、これらの苦しみは自分に関する苦しみです。
多少他人の助けを借りることはあっても、最終的にそれを解決できるのは自分自身に他ならないのです。
他の教えでは他人が助けるとするものもあるかもしれませんが、仏教ではこの様な観点に立つことはありません。
なぜなら、この世の中は私と世界しかないからです。

人間は見えているものに引っ張られているのに代表されるように、対象物によって錯覚を起こす性格があります。
ところが、周りのものが全て空であり、それを踏まえて考えればそれらは全て幻想であることが分かります。
実際はその人の心が変化しているからこそ周りも変わってしまい、同じように相手も変わっているということになります。
自分だけでなく、他人も「空」の存在であり、貪瞋癡とんじんちを持っていることからすれば当然の帰結です。
それを多くの人はそれが自分が相手に影響されていると思っているだけです。
その点を理解していないと、思わぬ勘違いをしてしまうことになります。

このように、周りとの関係は固定的でないということは、「縁」とは「空」であると言うことを意味します。
これは人生を生きるための素晴らしい知恵を教えてくれるものです。
これが分かれば「空」であると言える現実の苦しみの全てから解放されます。
ただ、ある程度蓄積されて出来た苦しみを完全に取り除くのは時間がかかってしまうことには注意が必要です。

それでも、所詮は全て見せかけの存在なので「空」の心をもってこだわりを捨てれば(「空」とは、「こだわらない」と言う意味も含みます)比較的短時間で苦しみから解放された世界である「滅の世界」に行き着くことは可能です。
何か困ったことがあったら、「この世は全て見せ掛けだ」と割り切るのも一つの手段でしょう。

また、貪瞋癡(とんじんち)は自分も持っています。
しかし、他人も貪瞋癡を持っています。
それを考えると、そういう他人に立ち向かう為には、こちらは貪瞋癡ではない方向を目指せばよいのであり、それが悟りへ向かう為の機会なのです。そのためには、4つの実践をおこなうとよいです。

  1. 周りの人に施しをすることです。
  2. 人が見ていないからと言って悪いことをしないと言うことです。これには、嘘をつかないことや、盗みをしないことなどがあります。
  3. 屈辱を受けても耐え忍ぶこと忍辱にんにくで、最後に、精進で、これは正しい努力をするということです。もちろん、悪い面は出しません。
  4. 禅定という、心が乱れてきた時に冷静になり、心の整理整頓をすることです。

最後は智慧で、般若波羅蜜の目的は、智慧の完成と言えます。
これらを実践して、始めて「空」がわかり、その結果自分を幸せにする為の糸口をつかむことができると言うことになります。

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